最終回にはまだ早い!との意見を頂戴しました
前回、サクラサクの最終回として記事をアップしたところ、
「最終回はまだ早い!」と厳しい意見をいただき(笑)、少し迷いましたが、厳しい上下関係や大学時代の今では考えられないエピソードを書いてみます。
少し長くなります。
1年奴隷・2年町民・3年天皇・4年神様が基本
まず、寮生活以外でも大学内ではこの身分制度(笑)が基本中の基本でした。
上級生に逆らうことなどあり得ません!!

家族から聞いていた昔話で免疫があるも…
私は祖母が戦争中は女中奉公で親元を離れていたり、父も大工の弟子入りで丁稚奉公の経験があり、その話を聞いていましたので、ある程度は上下関係について免疫があり、良かったのかもしれませんが…
こんな話があります。
松田聖子の「青い珊瑚礁」をマスターしろ?!謎の指令
私の入った寮の1年生は入寮式に大学の校歌と、なぜか松田聖子の青い珊瑚礁のカセットテープを渡され、「入寮式までに歌えるように!」との指示がありました…なぜ…

迎えた入寮式
当日はビール、ウイスキー、焼酎、日本酒、ワインとありましたが、前回も書いたように、1年生は日本酒のみです。

普通に一気飲みもありましたので、すぐにつぶれます。(現代では一気飲みを人に強要してはいけません)
先輩からのお酌を断る選択肢はないんです。
お酌を受けるとき、逆に先輩にお酌をする時は正座です。
飲み過ぎて青くなるのはいいとして、、、入寮式の途中で青くなったことがありました。
広島出身のK君が先輩に廊下に連れ出され、ものすごい剣幕で怒られているんですね‥
正座でお酌を受けなかったと、それが理由とのことで、ビックリしましたよ。。。
寮のおばちゃんが「仕方ないよ!」と仲裁に入り、場はおさまりましたが、少しシラけた感じになりました。

酒の力もあり再び場が和み始めたところ、今度はいきなり「青い珊瑚礁」を歌うことになり、全員で大合唱です。その時にはじめて、この寮のテーマソングが「青い珊瑚礁」だたと知ったのですが、理由は私の寮がの名前が「サンゴ荘」という名で、屋根が青かったんですよね。
隣の寮からも大声でテーマソングが…
隣の寮も示し合わせたかのように21時くらいから歌が聞こえてきます。
隣の寮はさらに太鼓とトランペットが加わります。近所迷惑この上ないですが、事前に連絡済みで毎年恒例の行事のこと。

さらに大学正門前に移動し…
各指定寮に入った1年生全員が大学の正門前に集合して校歌を歌いました。
その時に、指定寮の入寮式が同じ日だったということを知りました。
その後、寮に帰りますが、酒席は続き、1年生は全員酔いつぶれ、翌朝近所のコンビニに1人ずつ買い出しに行かされるんですね。自分の顔にマジックで落書きされているとも知らずに…です。

入寮式だけでなく、授業開始日にも…
さて、今度は入学式が終わり、初めての授業の日、なぜか1年生全員が正門とは別の入口から入るよう案内がありました。入ってみると、長ラン、ボンタンの応援団がズラっと並び大声で「押忍!(オス!)」
・・・・え?
1年生は「押忍!」と返さねばならず、声が小さいと入れてもらえません。
当然、中には意味がわからず半泣きになる女の子もいました。
指定寮に入った1年生は「寮の名前に恥をかかせないように!」と事前指導があったので良かったのですが、自宅生やアパート生は知らないですからね・・・これがなんと、1週間続きました。今では信じられません。

大学内でも厳しい上下関係
大学内では学食の席、駐輪場・駐車場も上級生が優先でした。
それに体育会系の部活に入っているとさらに優先されていました。
学食の場所取りで朝からケンカになっているところを何度も見た事があります・・・
これも、今では信じられません。
大学の学生課の前には巨大な掲示板があり、テストの成績が1年から4年まで全員実名、点数がわかるように貼り出されます。
例えば私が物理で60点だったと誰が見てもわかるんです。60点未満の落第の場合はご丁寧に”赤字”です。
重ね重ね、今では信じられません。

厳しかった大学の試験
レポート提出などもありましたが、基本的にはペーパー試験の1発勝負です。
親には学費を出してもらっている手前、必死でした。ただ1つ、ペーパーではなかった試験、それが英語のスピーキングです。私はこれで大恥をかきました。
ネイティブの教授が「山」について好きに述べよと言ったのですが、「マウンテン」が「マトン」に聞こえたんです。なので私はマトンということで、焼肉やバーベキューの事を英語で話したんです。


教授は「コイツ何言ってんだ?」みたいな顔になり、英語ができる同級生はクスクス笑う…
後日の再テストでなんとか単位はとれましたが…
第二外国語の中国語ではキン肉マンに出てくるラーメンマンのことを中国語で話してギリギリ単位を取り(笑)、物理と構造力学は先輩に怒られながら課題をこなした結果、同じくギリギリ単位を取り、なんとか4年で無事卒業ができました。
就職活動のヘマ…
余談の中の余談ですが、、、就職活動の時に新宿駅で迷ってしまい、新潟県の大手建設会社の最終面接に遅刻をしたこともありました。
もちろん落ちました。
時刻表を片手に駅員さんと必死で乗り換えを聞いたことは忘れることができません。
スマホがある今だったら、、、あんなヘマはせず、人生変わっていたかも?!

そして、迎えた大学卒業…
卒業式は事情があり出られなかったのですが、引っ越しの時はいろいろと思い出し、泣きそうになりましたね。
少し長くなりましたが、たかが30~40年前とは言え、今では信じられない事ばかりでした!
他にもいろいろありますが、今回で本当に最終回とさせていただきます。ありがとうございました!



